mt. Tomoro

そこに山があるから。
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2012/06/12 停班停課。


昨晩より,台湾北部も雨が降りはじめ,夜通し雷が鳴りつづける豪雨に。朝になってもその勢いは止まらず,サイトでは,今後の天気の動向や各地の災害のニュースが流れていた。マンションの管理員のアナウンスがあり,研究院路も部分的に封鎖されているという。こうなったら,あえて無理に出かけることもあるまいと考えて様子を見ていたところ,ほどなく,台北市は午後の「停班停課」を発表し(遅すぎるとの批判もあるようだが),自宅で過ごすことに。写真は,夕方,マンション近くの水路を撮影したもの。午前中は,かなりの水量だったと思われる。台湾に来て初めての「停班停課」の一日は,子どもの頃のようなワクワク・ドキドキ感もなく,過ぎていった。

自分にとって,記憶に残る災害といえば,1981(昭和56)年に四国に大きな爪跡を残した台風19号だった。

祖父や祖母など,父親を除く家族全員で一つの部屋で寝たのを覚えている。父親はといえば,勤めていた工場で残業(取り扱っている木材が谷川の増水で流されないようにと,夜通しでその固定に追われていた)の後,朝になってから帰ることに。朝方になって帰ろうとしたら,工場の駐車場で車を発見,知り合いが酒に酔って運転できないからと(昔はこういうこともあったんです……)車の中で寝ていたという。こんなところではいつ流されてもおかしくないからと,この人を車から連れ出し,一緒に避難することに。工場のある地区は,すでに道路沿いの家屋が浸水しており,屋根づたいに山の方へと逃げようとしたところ,どうも人の呼ぶ声がする。声をたよりに探してみると,その浸水した家屋の中で浮き沈みしている老人を発見,これも救助して,事なきを得た(この人命救助の功績の結果,のちに県や町から感謝状を受け取ることに。この感謝状は,その時の様子を比較的詳細に記しており,なんだか宋代の碑文を読んでいるような内容だ)。そのまま,山道を歩いて(もはや車道は部分部分が,崩落ないし土砂で埋まっており,通行できない),家にたどり着き,家族ともども安堵した。

その後の復旧は,かなりの時間を費やした。車道が通行できればまだ大丈夫なのだが(我が家は国道にも近かったので,まだ問題はなかった),道が封鎖されてしまうと,山間部の集落は,じつに容易にライフラインを絶たれてしまう。そのため,ずいぶんと長い間,自衛隊のヘリコプターが物資を届けていた(ついでに言うと,このヘリがあまりにも低空を飛行していたため,向かいの山から引いていた,我が集落の水道ホースを断ち切ってしまい,とんだ二次被害を受けることに)。甚大な被害を出した結果,全国ニュースでも頻繁に取り上げられ,あそこがテレビに映った,今日はここだった,などという会話もあった気がする。また,県知事が被害と復旧の視察に訪れた際,我が家に町長が電話を借りに来たことがあり,遊びに来ていた友達と「知事が来た(←本当は来ていない)!町長が来た!」と興奮していたのを思い出す。

大きな災害を被った故郷は,その後,集中的な復旧・防災工事が進められた(旧来の集落景観が白いコンクリート壁の出現によって少なからず変化したように思う)。結果として,記憶の限り,これ以降にこの時の規模を超えるような大きな災害は起こっていない。我が町における1980年代の整備は,ある意味で,多くの雇用をもたらしたわけで,建設業を中心に働き手も多かったような気がする。

その後,時代はバブルを経て,国家財政の悪化と政治の硬直化をみる時代に入り,しばしば「土建行政」に対する批判も出された。無駄な公共事業とかハコモノ行政なんていう言葉がテレビの政治評論家によって憎々しげに語られ,自民党政治の終焉と政治改革の必要性が叫ばれた90年代。さらに世紀が変わって,小選挙区制や構造改革路線によって,旧来の政治の在り方は大きく変容し,金のない“地方”に金を渡すことは無駄だという認識が広められ,ネットでは「“地方”なんて廃れて当然」「さっさと潰れろ」なんていう言葉が見たくなくても毎日のように目にすることができる時代となった。政治家も変わってしまった。公共事業も社会福祉も,政治の力がないところから「無駄」「単なる既得権益にすがりつく輩」とみなされ,そして「切り捨て」られつつある。

一年前の震災およびその復興行政は,こうした流れを象徴している。多くのコミュニティが「いつかあの町に戻れる」ことを,「もとの生活を取り戻せる」ことを願いながら,なんとか助け合って生き延びている。しかし,現状を見る限りでは,復興行政なるものは,すべてのコミュニティの復興を目指して進められているわけではないようだ。確実に場所を選んでいる。コミュニテイをふるいにかけ,そこからこぼれおちた小さな命のまとまりは,一顧だにされない。それはなぜか。「無駄」だから。その一方で,多くのコミュニティに住む人びとの日常生活を奪い,その安全性がおおいに危惧されることとなった原発は,そのウン千億円という利権に絡んだ原子力村のコミュニティの人たちによって,政府に積極的な働きかけがなされ,目下,「国民の生活を守るため」にと,行政府の長によってその再稼働が決まりつつある。あれだけの福島県民を災禍に陥れておいて!

この国の政治は「選択と集中」が大事だ,必要だと言いつつ,その実際は「弱肉強食」に他ならない。国民に「滅私奉公」,我慢をお願いしつつも,その恩恵にあずかっているのは,カネやチカラを持った,一部の人間だけになろうとしている。そんなものは,もはや我われが必要とする政治ではない。

眼前にみえる「濁流」は,時が経てばやがて清らかなせせらぎに戻るだろう。しかし,政治の「濁流」は,必ずしも清流に戻るとは限らない。あるゆるもの押し流して,何も残さないことだってある。

| Diary & 雑記 | 23:59 | comments(2) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
コメント
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
| 職務経歴書の転職 | 2012/06/24 1:02 PM |
ありがとうございました。雨音を聴きながら,ふと思い出しました。あの30年前の夜,母と祖母と私の3人で,布団を川の字に並べ,おたがいに不安をかき消しながら寝た記憶は,今でも鮮明に覚えています。
| tomoro | 2012/06/25 9:31 AM |
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