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疑え!疑え!
朝鮮半島をどう見るか
朝鮮半島をどう見るか (集英社新書0241A)
木村 幹 (集英社,2004年5月)

  この著者の木村さんは,実は出身大学の教官(現在は別の大学に勤務)で,文学科の学生だったボクは,すこーしだけこの先生の授業にモグリ込んだことがある。
  先生は,いつも“午後の紅茶”の類の飲料を持参し,しばらく時事の話などをしたあとで本題に入り,ジャケットの内ポケットから一枚の紙切れを取り出して,講義をはじめる…そんな感じだった。

  何となく甲高い声とその調子から,よくあるインテリのお坊っちゃん(これは本人が自分で言っていた)が道楽で研究職についているような,そんな印象を受けた。同じ分野の知り合いから,すごく頭がキレる人だとは聞いていたので,まあ学生を上から見てモノを喋るような人なのかな,と。

  そして今回,本書を一読して,この印象が誤りであったことを認めたい。「朝鮮半島をどう見るか」。それは,著者が超越的絶対者のような立場から“正しい見方”を蒙昧な読者に示してみせるというものではない。いかに我々が“朝鮮半島”という事物を現在に通用しないステレオタイプでみつめてきたかをあばき,情報の収集と自分自身の判断による事実認識の大切さをひとつひとつの事例をあげつつ紹介してくれる。

  …背景には,この本で述べてきたような,ステレオタイプな朝鮮半島情報の氾濫がある。それは巷にあふれるいわゆる「北朝鮮もの」を見ればわかる。それらの多くは一定の方向を向いており,ほとんどはただ類似したメッセージを繰り返しているにすぎない。そこには,刺激的な議論により人々を強引にふりむかせようとするある種のセンセーショナリズムと,既存のステレオタイプに挑戦することをあきらめた知的な怠惰さを見ることができる。
  本書は,そんなありきたりの「ステレオタイプ」にどっぷり浸かった人たちに,これまでとは少し違う視点から朝鮮半島を見てもらうヒントを与えることを目的としている。…(196頁)


  著者は,自己の知りえた知識をひけらかすのではなく,いかに情報を分析・評価していくかというプロセスを重視する。著者の分析は,まことに真摯かつクレバーであり,我々がもっていた,いくつもの「ステレオタイプ」の朝鮮半島理解を粉砕していってくれる。実に爽快。

  そして著者は言う。このひとつの見方を提示してきた著者自身をも疑え,と。この言葉は,ブラウン管の中(もはやこの言い方も古いのか)で,さも私が専門家ですよと言わんばかりに持論を押し付けてくるエセ知識人に,真っ先にぶつけられるべきものである。ベラベラしゃべる暇があったら,この本を読んで出直してこい,と。

  惜しむらくは,自分には本書の内容を疑うだけの朝鮮半島に関する情報が足りなさすぎる。眼のウロコは落ちたが,疑うまでには至らなかったなぁ。(これには,メディアに氾濫する朝鮮半島情報に嫌気がさし,あえてふりむこうとしてこなかったせいもあるわけだけど。)精進せねば。自分の研究フィールドに対しても,多くの興味深い知見をあたえてくれる一冊だった。
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